旅商人体の男は最も苛ちて、
「なんと皆さん、業肚じゃございませんか。おとなげのないわけだけれど、こういう行き懸かりになってみると、どうも負けるのは残念だ。おい、馬丁さん、早く行ってくれたまえな」
「それもそうですけれどもな、老者はまことにはやどうも。第一この疝に障りますのでな」
 と遠慮がちに訴うるは、美人の膝枕せし老夫なり。馬は群がる蠅と虻との中に優々と水飲み、奴は木蔭の床几に大の字なりに僵れて、むしゃむしゃと菓子を吃らえり。御者は框に息いて巻き莨を燻しつつ茶店の嚊と語りぬ。
「こりゃ急に出そうもない」と一人が呟けば、田舎女房と見えたるがその前面にいて、
「憎々しく落ち着いてるじゃありませんかね」
 最初の発言者はますます堪えかねて、
「ときに皆さん、あのとおり御者も骨を折りましたんですから、お互い様にいくらか酒手を奮みまして、もう一骨折ってもらおうじゃございませんか。なにとぞ御賛成を願います」
 渠は直ちに帯佩げの蟇口を取り出して、中なる銭を撈りつつ、
「ねえあなた、ここでああ惰けられてしまった日には、仏造って魂入れずでさ、冗談じゃない」
 やがて銅貨三銭をもって隗より始めつ。帽子を脱ぎてその中に入れたるを、衆人の前に差し出して、渠はあまねく義捐を募れり。

キャッシング@
蝦で鯛を釣る - Qblog(Qブログ)